コロナとオリンピックと、おかえりモネと久保建英
コロナ禍でのオリンピックどうなん、って
思ってました。
…んー、正確には今も思ってる、かな。
でも、元々そういうスポーツの祭典と呼ばれるものを観るのは大好き。
オリンピックが始まってからはテレビを観るのが楽しくて、
様々な競技の選手をがんばれーって応援して、
やっぱりスポーツっていいなぁって感動して、
サッカーの3位決定戦が終わってからは
燃え尽き症候群みたいになって。
…あれ?
始まる前はこんなときにオリンピックなんてやるの?
って思ってたよな、って変な感情が湧いたんです。
自分に対して「なんなん?」って笑
それで、先日テレビを見ていたら、
社会心理学の大学教授がちょっと笑いながら
「社会心理学者にとってこんなに面白い状況はないんですよ」
って言ってたんです。
日々のコロナに対する不安と、オリンピックっていう心躍るような、
相対する状況に人が置かれたときにどんな心理状態になるか、ということ。
難しい心理学用語でなんとかって言ってましたが(笑)
でも、妙に納得したんですよね。
私まさにそれだな〜って。
自分の心をどこにもっていっていいのか良く分からない。
コロナ怖い
⇅
オリンピックおもしろい
こんな状況、ないですよね。
そりゃ、混乱しますよね、心も。
でも、それが正常な反応なんだと言われたら
それに抗う気にもならない。
それでいいんだって。
NHK『おかえりモネ』を楽しみに見ているんですが、
(注:ネタバレ表現ありです)
先日、
「人の役に立ちたいって結局自分のためなんじゃないの?」
っていうシーンがあったんです。
これも妙に納得しまして。
オリンピックの選手のなかにも、
〜にメダル🏅をかけてあげたい、
〜のためにメダル🏅を獲りたい、
とかありますけど、
それもやっぱり自分が納得いくプレーや結果があってこそのことなんじゃないかな、って。
私が燃え尽き症候群みたいになっちゃったサッカーの試合のあと、
いつもはクールな受け答えをする久保建英選手が
ほんとに子どもみたいに号泣していました。
悔しさや、先輩に対する熱い気持ち、
チームの仲間への思い、が
結果が全ての世界で渦巻いていたように見えました。
自分が納得できて、初めて誰々のために、っていうのが成立するのかな、と感じました。
それにしても、あんな風に人目を憚らず泣くことができる久保選手を見て、
もちろん負けてしまった悔しさでもらい泣きしそうになったのもあるけど、
何よりとても羨ましかった。
あー、自分の感情をこんなに出せていいな〜って。
周りがどうこうじゃなくて、自分の気持ちがどうなのか。どうしたいのか。
それに正直でありたい、というのが、
最近の私の目標でもあります。
コロナ禍で、自分を機嫌良く保つことがとても難しい状況にもう1年半もさらされています。
それでも、自分がどうありたいか、何をしたいか、を優先させていきたいとまた改めて思いました。
今日でオリンピックも閉会式を迎えますね。
複雑な思いを抱えながら、
計り知れない重圧を抱えながら
全力で臨んだ選手の皆さん
本当にお疲れ様でした!!